文殊菩薩って、どんな仏様?
文殊菩薩とは
文殊菩薩とは大乗仏教で信仰される菩薩に属する尊格です。
文殊菩薩はサンスクリット語でマンジュシュリー(Mañjuśrī)と呼び、音写で文殊師利と書くため文殊菩薩と漢訳されました。また経典により曼殊室利、曼祖室哩などとも音写されます。サンスクリット語の意味は「穏やかな栄光」で、漢訳で妙徳、妙吉祥、妙楽、法王子などとも表記されます。
仏教で文殊菩薩は仏教の智慧を象徴する仏様で、多くの仏典で実在の仏弟子として描かれます。特に『般若経』との関連性が深く、釈迦に代わり般若の「空」の思想を説く仏様として描かれます。
また文殊菩薩は過去仏で如来だったとされ、南方平等世界で無常正等覚という最高の悟りを得て、四百四十万歳の寿命を迎え入滅し、現世に出現した姿が文殊師利法王子だとしています。また密教の両界曼荼羅では、文殊菩薩は胎蔵界曼荼羅の文殊院を主宰する重要な仏様です。
文殊菩薩は独尊としても信仰されますが、一般には釈迦如来の脇侍として普賢菩薩と共に三尊仏の形態で広く信仰されます。また文殊菩薩を主尊とする場合は髻設尼(けしに)、烏波髻設尼(うばけしに)、質多羅(しつたら)、地慧幡(じえとう)、請召(しょうじょう)の五使者を眷属とします。
或いは光網(こうもう)、地慧幡、無垢光(むくこう)、不思議(ふしぎ)、請召、髻設尼、救護慧(くごえ)、烏波髻設尼の八童子を眷属とする場合もあります。
文殊菩薩の仏像の見分け方
文殊菩薩の仏像は、仏の智慧の威徳を表すとされる獅子の背に蓮華座を敷き、その上に結跏趺坐(けっかふざ)する姿で表現されます。右手には智慧を象徴し魔と煩悩を断ち切る利剣(宝剣)、左手に『般若経』を乗せた青蓮華を持ち「無上の智慧」を象徴しています。
文殊菩薩を象徴する三昧耶形は青蓮華、利剣、梵篋(ぼんきょう)です。
文殊菩薩の由来と成立
古代インド神話や人物名に文殊菩薩のサンスクリット語の「マンジュシュリー」に相当するものはありません。もともと「マンシュシュリー」は「美しい声」の意味の「マンシュ」と、「先生」を意味する「シリ」を合わせた造語が由来です。
マンジュシュリーの名は紀元1世紀頃に成立した大乗仏教の『般若経』が初出で、原始仏教に近い初期の仏典『阿含経』や同じく原始仏教を受け継ぐ部派仏教の経典にその名は見られません。そのため文殊部薩は初期大乗仏教が成立した西暦1世紀頃に、仏教独自の尊格として成立したと考えられます。
文殊菩薩は経典により性格が大きく異なり、『文殊師利般涅槃経』ではバラモンの家に生まれ、釈迦の元で出家し、未来仏として厳浄仏国の教主として説法する存在とされます。また同じ1世紀頃成立したと推定される『維摩経』では釈迦の弟子の中で唯一維摩居士と対等に問答できたと説かれます。
同じ初期大乗仏教の経典『法華経』では観世音菩薩や弥勒菩薩と共に菩薩の一柱として登場し、2世紀頃成立した『仏説阿闍王経(ぶっせつあじゃおうきょう)』では諸仏諸菩薩の父母であると説かます。
いずれにしろ大乗仏教の要である「空」の智慧を理想化した菩薩として描かれているため、仏教の教義を説明するため便宜上誕生した仏様と考えられます。
文殊菩薩と中国
文殊菩薩はインドや西域※で信仰されることはほとんどなく、その信仰は中国で盛んになります。西暦68年にインド僧により仏舎利がもたらされた中国の五台山はそれが縁で、南北朝時代(439~589年)には文殊菩薩の聖地となり多くの巡礼者を集め現在に至ります。
唐代の仏典目録『貞元新定釈教目録』によると、唐の代宗の大暦四年(769年)に真言八祖の第六祖・不空が皇帝に直訴し、全国の寺院に文殊菩薩の仏像を上座に安置するように勅命を出せています。これにより中国国内で文殊菩薩信仰が広まります。
※中央アジアのタリム盆地のタクラマカン砂漠周辺にあるオアシス都市国家の総称。シルクロードを通じインドから中国へ仏教が伝播する際に通る重要な地域です。
文殊菩薩と日本
聖徳太子が著したとされる『三経義疏』の中に文殊菩薩が登場する『法華経』、『維摩経』があることから、すでに7世紀初頭には日本で文殊菩薩の存在は知られていました。
法隆寺金堂壁画には『維摩経』に基づき文殊菩薩と維摩居士の対話の場面が描かれています。
一方で文殊菩薩が本格的に日本で信仰されたのは平安時代です。平安時代の天台僧・円仁は中国に留学し総本山の天台山を目指しますが叶わず、代わりに文部菩薩の聖地・五台山で学ぶ機会を得ます。帰国後に文殊菩薩を祀る文殊楼を比叡山に建立し、密教の修法『文殊八字法』を広めました。
『文殊八字法』は台密・東密を問わず息災法や鎮宅法として用いられ、文殊菩薩のご利益が世間に広まる契機となりました。また多くの寺院で文殊菩薩を供養し貧者に布施を行う文殊会が行われ、庶民に文殊菩薩が信仰されるようになります。
文殊菩薩と禅宗
大乗仏教で智慧の象徴とされる文殊菩薩ですが、一方で『仏説文殊師利般涅槃経』などの経典では出家者が文殊菩薩を観想できれば阿羅漢(解脱の境地を悟った者)と成れると説かれています。
そのため自らが悟りを開くこと主眼とする禅宗では文殊菩薩を「聖僧」と呼び、剃髪し座禅を組む文殊菩薩像が祀られます。このような文殊菩薩像は「文殊大士」と呼ばれます。
文殊菩薩のご利益
文殊菩薩は正しい判断をする智慧を授ける仏様なので、学問成就や合格祈願などにご利益があります。
文殊菩薩の真言
唵 阿囉跛者娜
文殊菩薩が安置されている主な寺院
奈良県 安部文珠院 木造騎獅文殊菩薩及脇侍像(国宝)
奈良県 興福寺 文殊菩薩坐像(国宝)
京都府 大智寺 文殊菩薩騎獅像(国重要無形文化財)
奈良県 室生寺 木造文殊菩薩立像(国重要無形文化財)
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